現在、「原爆ドーム」の名称で知られているこの廃墟は、元来は地上3階・地下1階の煉瓦造りの構造の中央に、地上5階建て・高さ25mのドーム部がある建造物であった。1915年4月5日に竣工、同年8月5日、広島県物産陳列館として開館されたものである。
1945年8月6日午前8時15分(投下が15分で、爆発は16分ともいわれる)、原爆ドームの南東上空約600mの地点で原子爆弾(リトルボーイ)が炸裂した。原爆炸裂後、建物は0.2秒で凄まじい熱線で包まれ、0.8秒後衝撃波に近い猛烈な爆風が襲い、1秒もかからない内に瞬間的に崩壊したと推定される。3階建ての本体部分はほぼ全壊したが、中央のドーム部分は全壊を免れ外壁を中心に残存した。その理由として、
- 衝撃波を受けた方向がほぼ真上からだった。
- 窓が多かったことにより、爆風が窓から吹き抜けた。
- 本体部分の屋根は真上からの衝撃により押し潰されたが、ドーム部分は屋根が鉄よりも融点の低い銅板であったため、爆風到達前の熱線で融解し、爆風が通過し崩壊しなかった。
以上のような理由により、ドーム部分は全体が押し潰される程の衝撃が加わらなかったと考えられている。
『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋しています。さらに詳しく↓
原爆ドーム - Wikipedia |